ヘーゼルナッツと火星の月
本を出したとき、最初のページにいきなり読めない字があったと言われました。何か難しい専門用語を使ってしまったのかと思いきや、まさかの、私の名前でした。
榛香。はるか、と読みます。
宇宙開発の話をわかりやすく伝えようと書いた本なのに、著者の名前からつまずかせてしまうとは。そこにも読み仮名をふっておくべきでした。
この名前とは、生まれてからずっと付き合っていますが、なかなかすんなり読んでもらえません。電話で漢字を聞かれると、説明に少し困ります。高校に入るときにも、名前を入れてもらった持ち物の漢字が間違っていたことがありました。またか、と、うんざりしたものです。
とはいえ、この字を気に入っているのも事実です。
「榛」は、ハシバミという木を表す字です。お菓子でおなじみのヘーゼルナッツは、ハシバミの一種から採れるナッツです。自分の名前に関係があると思うと、なんだか親しみが湧いてきます。苦味がなくて食べやすいし、チョコレートを買うときもヘーゼルナッツが入っていると、つい選んでしまいます。

(筆者撮影)
先日、宇宙関連の打ち合わせで、ヘーゼルナッツをプレゼントでいただきました。自分の名前にゆかりのあるものをもらえるのは、やっぱりうれしいものです。しかも、私にはもうひとつ、気になるところがありました。
この形、フォボスに似てる!
フォボスは、火星のまわりを回る二つの衛星のうちの一つです。地球に月があるように、火星にも月があります。ただし、こちらは丸くなく、いびつな形をしていて、ヘーゼルナッツに似ていると言われることがあるようです。

NASA/JPL-Caltech/University of Arizona
10月20日に鹿児島の種子島宇宙センターから打ち上げられる日本の火星衛星探査機「MMX」が目指しているのが、このフォボスです。表面にある砂や岩石を10gほど採取して、地球へ持ち帰る計画で、火星の月がどのように生まれたのかを調べようとしています。これまでにも各国が火星に探査機を送り込んできましたが、フォボスへの着陸はまだ実現していません。MMXが成功すれば、フォボスへの初着陸だけでなく、火星圏から初めて砂や岩石を地球に持ち帰ることになります。
PCのモニターには火星の画像、手元にはつまんだヘーゼルナッツ。先日もそんなふうにして、雑誌のMMX特集の原稿を書いていました。
ヘーゼルナッツから火星の月を連想するのは、やっぱり仕事のせいかもしれません。
私は、宇宙を専門に取材して原稿を書く、宇宙ライターとして活動しています。子どものころから宇宙が好きで、今は宇宙に関わる人たちに話を聞き、その仕事や挑戦について、雑誌やウェブメディアなどに書いています。
取材先で教えてもらうのは、ロケットや人工衛星の仕組みだけではありません。開発に携わる人たちのこと、その土地のこと、ときには宇宙と関係がなさそうな話まで。そういう話を聞く時間も、私は好きです。取材の合間の出来事を思い返すうちに、そこからまた書きたいことが見つかることもあります。
そんな日々を綴ったのが、『宇宙を編む』という本でした。最初のページで、名前が読めないと言われた、あの本です。
今は仕事をしながら、大学院で宇宙政策を学んでいます。修士論文を書きながら、取材に出かけて、その合間に次の本の原稿を書く日々。書きたいことはあるのに、なかなか追いつきません。
このメルマガでは、日々のことも少しずつ書いていきたいと思っています。取材先で出会った人や聞いて驚いた話、帰ってきてからも気になっていること。読んでいるうちに、宇宙のこともちょっとわかる。そんな取材日記を届けられたらうれしいです。
名前の説明をしていたはずが、火星の月までやって来てしまいました。もっとも、これでは電話口で漢字を聞かれたときには、あまり役に立ちません。
榛香と書いて、はるか。宇宙ライターの井上榛香です。
どうぞよろしくお願いします。

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